2010年5月24日月曜日

無読は無毒である

本が読めなくなる期間がある。
字を受け付けられなくなる感じ。
そういう期間は大抵、多読した期間のあとにくる。
読書に飽きてしまうのだろうか。

その無読書状態が昨日まで一週間くらい続いた。
それ以前は、つまりゴールデンウィークの前後は、まあまあ読んでいた。
今日は久しぶりに本を読んだという気持ちになれるくらい読めた。

思い返せば、そういう読めたり読めなかったりという波は読書をし始めた大学一年の頃からあるような気がする。そのころは読書は暇つぶしみたいなところはあったから、読めない日は別にどうでもいいやと思っていた。最近は本でも読みたいなというような軽いモチベーションではなくて本を読まなくちゃという軽い脅迫観念じみたところがあるから、読めない期間は焦りといらだちを感じてしまう。ここ一年くらいのうちにも何度もあった。

それでも最近は新聞に毎日目を通しているので、そういう期間でもまったくの無読字ではない。内田樹は自身のことを「重度の「活字中毒」」と呼んでいる。「中毒」というのは「毒に中(あた)る」ということであるから、それはつまり「活字」という毒に中っているわけである。シニカル。

僕の精神は「「活字中毒」中毒」と言ったところであろうか。

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